ラベル 第三世界 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 第三世界 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2009年2月19日木曜日

世界中がどこも同じ環境になる日

オランダのインティべーション社の太陽電池技術を採用した中国通信機器大手の中興通訊(ZTE)は世界で初めてとなる廉価版の太陽電池付き携帯電話機(ソーラーケータイ)を開発したと発表した。多くの機種に使う部品の共通化などでコストを最低限まで抑えた。これを米・カリブ海地域を営業基盤とする携帯電話サービスのディジセル(ジャマイカ)が6月から採用することを決めた。


オランダで開発された技術が中国によってカリブ海で使われる・・・

おそらく日光が少ない地域だからこそソーラー技術がオランダで発達した。そんなオランダが必要とする太陽光は、カリブ海に行けばエネルギー資源になりえるほどある。そこに社会インフラ整備に力を注ぐ中国がノウハウを提供した。・・・そんなイメージなのかな??
地球上の天候や立地に特化して発達する産業とそのノウハウを、活用できる地域に売り込む動きは昔から見られる。エネルギーやノウハウの資源が地球上に再分配され、将来的に地球上の大部分に一定水準のインフラ整備が施されるのかな。そうなると次に脚光を浴びるのが地球ではない違う星かもしれない!

2008年5月20日火曜日

Localization

以前書いたUnificationはグローバリゼーションとローカリゼーションを比較するのとは違う次元の話だったのかもしれない。中央公論を呼んでいて気づいた事だ。というのも現在ではLocalizationの流れが一段と増している。

おそらくローカリゼーションという言葉が出てきたのが2001年の同時多発テロあたりからだ。この時、国家レベルの安全保障に話題の焦点が当てられ、どの国も自国の安全に目を向けた。そして最近ではベネズエラ油田国有化やロシアの天然ガスの西欧への供給問題など、商品相場の高騰により強気に出る国が出てきた。それ以外にも

●IMFや世銀から被支援国が遠ざかっている

●通商交渉は棚上げ

●外国からの投資規制

●石油・天然ガスに国営企業が手を伸ばす

●米国・インドで移民規制を支持

●インターネットのアルファベット以外のドメインが増えている(バルカン化)

これらは一時的な現象なのか、今後の基盤になっていくぐらいの意味があるのかはまだわからないが、少なくとも何かしらの共通要因があるように思えてきた。



2008年4月11日金曜日

世界の主要銀 共同監視

①国際展開する大銀行への各国当局の協力による監視強化。
②銀行の資金繰りリスク管理のための監視指針の見直し。
③証券化商品の情報開示強化。

11日にワシントンで開く7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議で合意する見通しだ。

                              (平成20年4/11 日経新聞より)

これを検討しているのは日米欧などで構成される金融安定化フォーラム(FSF)。今の金融業務は国際化に伴い複雑化しているため外からの指摘も必要だね、という流れで決まった事だ。日米欧といえば二つ前の投稿で書いた基軸通貨の代表的なプレイヤー達だ。サブプライムの影響を受けたのが主に先進国だとはいえ、また途上国の存在が薄い状況ができているなーと思った。

今後もし温室効果ガス排出権が基軸通貨としての役割を果たす場合、中国やインド、ロシアも国際金融市場で大きな役割を果たすようになる。

少し話しは変わるが、中国やインドは外資企業誘致によりCO2排出量が増える事と、それにより失業率を下げる事のバランスをどう保っていくのだろうか。今のところ経済成長を妨げるとして排出枠の設定に反対しているので、前者を問題視していないと見る。

おそらく夢のまた夢の話だろうけど、途上国と先進国の差があまり問題にならない基軸通貨は生まれるのだろうか。それには世界全体をまとめる組織が必要なのかもしれない。しかももしその夢の基軸通貨が動き出すとしたら、「外からの指摘も必要だね」という事で地球以外で地球水準と同等かそれ以上の金融市場がある惑星とFSFを組むかもしれない・・・

2008年3月6日木曜日

ガリレオ:理論だけが先行する前に

最近ガリレオの本を読みだした。なんとなく、「ピサの斜塔から落とした大小2つの球」実験が頭の隅にあり、気になってamazonで3冊ぐらい購入した。
ガリレオの行動パターンは笑いそうになるくらい同じだ。何を言われても信念を曲げず、自分がおかしいと思う事に関してはとにかく突っ込みをいれる。当時の社会では現実より理論のほうが絶対的権力があり、有名な学者が出した理論や公式に、現実の現象を合わせる様な事が一般的であったらしい。だから重い球も軽い球も落ちる速度は同じだと信じられていた。今考えると意味がわからない。宗教の存在が政治経済に大きな影響を与えていたのも大きいかもしれない。

ではなんで21世紀ではあくまでも現実に沿った理論を打ち出そうと考えるのが一般的になったのだろう。何もかもを支配できる絶対的権力者の存在を消す世界になったからか。民のパワーが勝っている資本主義社会の実態かもしれない。現実ベースに物事を考えなければ自分が損をする社会になっているからだと思う。昔だったら民衆に人気がある権力者が嘘をつけばそれが本当になる。それか「聖」あるいは「正」の心をもったフリをして「悪」を指摘すれば「聖・正」義が勝った。

ここで何が問題なのか。昔のガリレオの時代では人と人とのコミュニケーション範囲が極めて狭い。シェイクスピアがイタリアの情報を得るためにイギリス人留学生を頼りにしていたらしいが、今オレが同じ情報を得ようと思えばキーボードを少しカタカタやってマウスを数回クリックすれば手に入るだろう。今では同じ、ある膨大な情報を世界中の大人数とシェアする事ができる。権力者があるグループに嘘をついて自分の思惑通りに説得できたとしても時間の問題だ。

その問題を考えた上で今現在問題と考えられるのはネット環境がない第三世界の人間。情報量が先進国よりはるかに少ない国ではそもそも自分達の生活と東京の生活にどのぐらいの格差があるのか知る事ができない。こっちはその格差をある程度知る事ができるが・・・・・アンフェアだ。
この情報格差は経済格差へと繋がる。今のIMFなんかが21世紀版の植民地争奪戦に見えてくる。もちろんそういった経済格差で苦しむ国にもガリレオはいると思う。そういう人が世界に向けて現実を訴え、「経済理論」ではなく現実を見た上での理論を格差が生まれる前に主張できる環境はどうやったら作れるのかなー。