2008年4月7日月曜日

利益とアート

利益とアートの境界線はどこでひけるのだろうか?
今日は広告業界を就職先として視野にいれている友達と話していて考えた。ある一つの作品を造る(創る)には様々な意図があると思うが、何を目的にモノ作りするのがベストなんだろう・・・

例えばこのブログ、

オレはできる限り多くの人に読んで欲しいという目的があって書いているわけではない。ブログの説明にも書いたが、「いろいろ忘れないうちに思った事書いておこうblog」だ。だからあえて言えば将来の自分のために日々自分が考えてる事を書いている。ブログ開設から2ヶ月以上すぎた今ですらすでに、昔の投稿を読み返してみると忘れていた事や考え方を発見できている。だから続けて書き続けようと思う。
ただ普段からモノゴトの見た目に気にする性格が出て、連載系の投稿にはタイトルバナーをつけたり、前回の投稿では初めて図なんかも自分で書いて載せた。これは前回の投稿をmixiで公開したからいろんな人に興味をもって欲しいという意図が生まれたからかもしれない。これが成功したのかはわからないが、結果的にいろんな分野の友達から意見をもらえた。

続いて今日友達と話したアパレルについて。

ファッションに限らずブランドはモノを売る際かなり大きな役割を果たす。そもそも各個人にもブランドはある。赤ちゃんが腹が減ったとワガママを言っても許すが、30過ぎの大人がダダをこねたら確実にぶっ飛ばす。ブランドは良い意味でも悪い意味でも自由を生む役割がある気がする。
アパレルのデザイナーは服を考えるとき、その利便性と芸術性の割合の比率をどう考えているんだろう。利便性や芸術性の他にも考える項目はあると思うが、ブランド価値が高まるにつれてこのアート性の強い服が多くなる気がする。もちろん有名ブランドの商品ほどしっかりしたものであるのが前提であるかもしれないが。売るために利益を追求したデザインと芸術品としてのデザインをどう捉えているのだろう
??

オレが今日友達に言ったのは相変わらずDJの話。

「外タレ」というブランドが付いただけでとりあえず盛り上がる。ホントにその海外から来たDJの「プレイ」がすごいと思ってアガってるのかが疑問なところ。ハーレムなんかでも目にする光景だ。そんな中、無名のアマチュアでも理想通りにお客さんを楽しませられているDJは最強だ。もっとカッコイイのはお客さんに好かれようとして曲を流してるDJではなく、自分のエゴイズム全開でお客さんに好かれるDJだ。後のイベントの集客力に繋がる利益重視のプレイと、アートの境界線はどこでひけるのだろうか?


2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

アート性の高いモノほど、利便性に欠ける。
まじ探すのが大変だよ。昨日自慢したあたしのカバンとか。笑
ブランドは、利便性というより品質を売りにしているのかも。


アートと利便性、両方を使えば売れるブランド作れるかな?

ともや さんのコメント...

「アート性の高いモノほど、利便性に欠ける。」
一概にそうとも言えないんだけどね。ipodなんかは利便性とアート性両方高いと評価されてる一つの例なんじゃない?まー極端な話、利便性のみを追求したママチャリだってアートの極みだと思う人もいるかもしれないし。